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奈良県の観光地「唐招提寺」

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唐招提寺

奈良県は奈良市五条町に位置するお寺。
唐招提寺は、南都六宗の一つである律宗の総本山です。


TEXT:MARUWA


 

概要

唐は揚州で住職であった鑑真大和上は、日本から授戒できる僧を招請するために唐に渡ってきた栄叡と普照の日本で戒律を伝えてほしいと招請を受け日本へ渡日することを決心されました。
最初の渡日計画は743年夏のとでした。渡日を嫌った弟子が、港の役人へ「日本僧は実は海賊だ」と偽の密告をしたため、日本僧は追放され鑑真は港に留めおかれることになりました。
2度目の計画は翌年の1月でしたが周到な準備をし出航したものの激しい暴風にあい、途中で引き返す事になりました。
3度目の計画は鑑真の渡日を惜しむ者の密告により一緒に渡日する予定であった栄叡が逮捕された為に断念。
4度目の計画も弟子にが鑑真の安否に気を使い役人に対し渡航阻止を訴えた。官吏によって出航を差し止められ4度目の渡日も失敗となりました。
5度目の計画は748年のことでした。出航後、舟山諸島で数ヶ月風待ちしたし11月に日本へ向かい出航しましたが、またもや激しい暴風に遭い14日間の漂流の末に遥か南方の海南島へ漂着する状態となりました。
幾度なく失敗し6度目の渡日に挑戦、計4隻で出航し鑑真は第二舟に乗船し約1か月後に沖縄本島に到着。半月ほど沖縄本島で過ごした後に日本国本土へ向かって出航し1週間後に屋久島に到着し日本への渡航がついに叶いました。(当時、沖縄は日本の国土ではありませんでした)


東大寺で5年を過ごした後に新田部親王の旧宅地(現在の奈良市五条町)を下賜されて、759に戒律を学ぶ人たちのための修行の道場を開かれました。
「唐の律を学ぶ道場」の意から「唐律招提」と名付けられ鑑真和上の私寺として始まりとなります。
唐招提寺の広さは創建期4町であったと言われており、1町は約10,000㎡ですので約40,000㎡を誇る広さがあったと言えます。


唐招提寺の始まりをまとめてみました。


アクセス

近鉄橿原線 西ノ京駅から徒歩8分
または西ノ京駅からバス4分


参拝時間

8:30~17:00

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